病室で行われたネット碁 sai 塔矢行洋の一戦は、世界中の囲碁ファンやプロ棋士たちがリアルタイムで画面を固唾をのんで見守る歴史的な大一番となりました。事前の取り決めにより、手番は「saiが黒番、行洋が白番」、そしてハンデなしの「コミなし」という条件で打たれます。
現代の一般的な囲碁ルールでは先手有利を相殺するために白番に6目半〜7目半のコミ(持ち点)が与えられますが、コミなしのルールでは先手の黒が圧倒的に有利とされます。白番を持った行洋は、コミがない圧倒的な不利を極限のヨセと重厚な打ち回しで削り取り、盤上は1手を争う超高次元の攻防へともつれ込みました。
死闘の末に刻まれた塔矢行洋 sai 対局 結果は、わずか「黒の半目勝ち(白の半目負け)」。コミなしという先手有利の条件を鑑みれば、白番で半目差まで追い詰めた行洋の実力は、平安の天才棋士・藤原佐為とまったく互角、あるいはそれ以上の恐るべき精度であったことを物語っています。行洋自身も自らのベストを尽くしたとして、静かに敗北を受け入れました。
しかし、真の衝撃はその直後に訪れます。病室で対局の棋譜を見直していた行洋に対し、見舞いに訪れた進藤ヒカルが盤面の一点を指差し、「ここへ打っていれば白が勝っていた」と指摘したのです。佐為すらも対局中には気づかず、局後の検討でようやく震え上がった白の逆転手。それこそが、佐為と行洋が終生追い求め続けた「神の一手」の片鱗でした。
「自分とsaiの極限の対局の先に、まだ見ぬ高みがあった」「しかもそれを、目の前にいる年端もいかない少年が見抜いた」という残酷なまでの現実。この瞬間、行洋の心にあった敗北の悔しさは消え去り、まだ見ぬ囲碁の深淵に対する圧倒的な飢餓感へと変わりました。国内タイトルの防衛戦に汲々としている暇はない、残された人生のすべてを捧げて未知の高みへ手を伸ばさなければならない――この精神的覚醒こそが、彼を引退へと突き動かした真の理由でした。