1942年(昭和17年)に行われた第21回衆議院議員総選挙、いわゆる「翼賛選挙」は、日本の議会政治史上極めて異常な選挙だった。軍部や政府が支援する大政翼賛会の推薦候補が圧倒的な有利を誇る中、推薦を受けずに立候補することは政治的自殺行為にも等しかった。
しかし、彼は軍部による憲法無視の暴走を厳しく批判し、無所属・非推薦で立候補を強行する。選挙演説のたびに警察の介入を受け、演説中止に追い込まれながらも、地元の有権者は彼の誠実な言葉に耳を傾けた。結果は上位での当選。巨大な権力機構であった大政翼賛会に屈せず勝ち取ったこの1票の集積は、戦時下の日本にも確かに芽生えていた民主主義の意地を示している。