多くの映画ファンにとって、2023年の提訴は「突然の告発」に見えたかもしれません。しかし、現場の取材記録やオアー自身の手記を丹念に追っていくと、彼が映画公開当初から一貫して深い疎外感と怒りを抱き続けていたことが分かります。
オアーは2011年に出版した自叙伝『I Beat the Odds: From Homelessness, to The Blind Side, and Beyond』の中で、映画で描かれた自身のキャラクター像に対して明確な異議を申し立てていました。
「映画の中の私は、アメフトのルールすら知らず、まるで知能に問題がある人間のように描かれていた。だが現実は違う。私は物心ついた時からフットボールを研究し、自分の力でスポーツを理解し、努力してあの場にいたんだ。誰かに手取り足取り教えられなければパスプロテクションもできないような人間に描かれたことは、私の尊厳を深く傷つけた」
さらにNFLのプロフィールドにおいても、映画の存在は重い足かせとなって彼を苦しめ続けました。NFLのスカウトやメディア、他チームのファンは、グラウンド上の彼のプレイを客観的に評価するのではなく、常に「映画のビッグ・マイク」というフィルターを通して見ました。少しでもミスを犯せば「やはり映画のように誰かの指示がないと動けないのか」と揶揄され、契約交渉や選手としての正当な評価に悪影響を及ぼしていたのです。
公の場で見せるオアーの表情は、映画のヒットとは対照的に年々険しさを増していきました。彼を最も絶望させたのは、トゥーイ夫妻が講演活動や執筆活動で「貧しい黒人少年を救った慈愛の家族」として全米を回り、巨額の講演料を稼ぎ続ける一方で、自分自身は「救われた無力な客体」として消費され続けているという構造的な不条理でした。家族と信じていた人々が、実際には自らの名前をマーケティングの看板として利用していたという疑念が、10年以上の歳月をかけて決定的な確執へと熟成していったのです。