名門校で温室育ちの令嬢として育った彼女ですが、その生い立ちと経歴は順風満帆なレールの上だけを進んだわけではありません。
雙葉高等学校を卒業後、周囲の多くが有名大学へ進学するなか、幼い頃から憧れていた舞台女優の道を志します。しかし、厳格な家庭環境ゆえに両親から猛反対を受け、19歳のときに家出を決行。勘当同然の状態で実家を飛び出しました。
家出後は舞台芸術学院のミュージカル科に通いながら、居酒屋などのアルバイトで生活費を稼ぐ極貧生活へ突入します。当時付き合っていた男性にお金を貢いでしまい、最大で約1,200万円にものぼる借金を抱えたというエピソードは有名です。仕送りを一切頼らず、3本のアルバイトを掛け持ちしながら自力で借金を完済し、お笑いコンビ「ネギねこ調査隊」を経てピン芸人として独立しました。
レオタード姿で「浅倉南、39歳!」と叫ぶ自虐ネタで大ブレイクを果たしたのは30代後半のこと。お嬢様としての恵まれた環境を完全に捨て、泥水をすするような下積みを自ら経験したからこそ、彼女の言葉には嘘のない重みと庶民的な感覚が宿っています。