現代のビジネスパーソンが最も衝撃を受ける事実、それは力餅食堂に中央集権的な企業本部も、チェーン本部も存在しないという点でしょう。株式上場企業でもなければ、特定のオーナー一族が巨額の配当を得ているわけでもありません。
かつて存在したのは、暖簾を共有する店主たちが組織した親睦・互助組織である「力餅会(ちからもちかい)」のみでした。ロイヤリティの支払いや中央集中型のセントラルキッチンによる食材供給といった現代的フランチャイズの仕組みは一切なく、店舗ごとの完全独立採算制が貫かれていたのです。では、どのようにしてこれほど広範囲に均質な屋号が広がったのでしょうか。その答えは、過酷とも言える伝統的な丁稚奉公と徒弟制度にありました。
力餅食堂の暖簾を掲げて新規出店を果たすためには、既存の名店に住み込み、最低でも8年から10年以上の修行を積むことが絶対条件でした。朝4時に起床して赤飯を蒸し、餅を搗き、小豆を焦がさぬよう炊き上げ、続いて巨大な寸胴で鰹節と昆布から出汁を引く——。包丁の研ぎ方から接客、金銭管理に至るまで、師匠の厳しい眼光のもとで技術を骨の髄まで叩き込まれました。
修行年数を満たし、技術と人間性の双方が認められた者だけが、親方から「暖簾分け」として屋号の使用と商標マークの使用を許されたのです。師匠は弟子の独立に際し、商圏が重ならない出店場所を斡旋し、資金面でも支援を行いました。この強固な「疑似家族的ネットワーク」こそが本部不在の真相であり、契約書ではなく義理と人情で結ばれた昭和のボランタリーチェーンの究極形でした。