ロックファンのみならず、第一線のプロミュージシャンたちからも「生きる伝説」として別格の敬意を集める中村達也。かつてBLANKEY JET CITYのドラムとして日本中を震撼させたその演奏は、30年以上が経過した今も色褪せるどころか、神話的な凄みを増しています。人々が彼のビートにこれほどまでに陶酔し、心奪われる根本的な理由は、演奏そのものが「生き様を晒す儀式」と化している点にあります。
1990年代初頭、フロントマンである浅井健一の鋭利なギターとナイフのような歌声、照井利幸の重厚なベースに対し、中村達也のドラムは単なる伴奏のリズムキープにとどまらず、常にフロントと斬り結ぶ「第三のメロディ楽器」として激突していました。当時のドキュメント映像や関係者の証言を振り返ると、彼らのリハーサルスタジオは一触即発の緊張感に満ち、互いの音に命を削り合っていた生々しい記録が残されています。ステージ上で時に流血しながらドラムを乱打し、最後にはシンバルスタンドごと叩き倒すその光景は、予定調和を拒絶するロック本来のスリルそのものでした。
しかし、オーディエンスが惹きつけられるのは破滅的なパフォーマンスだけではありません。凶暴なビートの奥底には、泣き叫ぶような詩情と切なさが同居しています。激流のような高速エイトビートから、胸を締め付けるようなミディアムバラードのタム回しに至るまで、スティックの一振り一振りに演奏者の喜怒哀楽が直接刻み込まれているからこそ、聴き手の胸に突き刺さるのです。