気象記録を語る上で混同されがちなのが、「世界で最も寒い地点」と「世界で最も寒い国」の定義の違いです。純粋な地表の観測史上最低気温という観点では、1983年7月21日に南極のボストーク基地で観測された氷点下89.2度が世界最高峰の記録として気象史に刻まれています。さらに近年の衛星データ解析では、南極大陸の内陸部高原において氷点下93度台から98度近くに達したとされる観測結果も報告されています。しかし、南極条約によって領有権が凍結されている南極大陸はいかなる国家の領土でもなく、恒久的な定住人口を持つ「国」ではありません。
一方、主権国家として独立し、住民が生まれ、育ち、日常の社会生活を営んでいるコミュニティが存在する領域として比較した場合、世界一寒い国はロシアで間違いありません。なかでもシベリア北東部に位置するロシア連邦サハ共和国は、国土面積の大部分が永久凍土に覆われ、冬期には東京都心の真冬とは比較にならない過酷な冷気に包まれます。
この地域において「北半球の寒極」の称号を争ってきたのが、オイミャコンとベルホヤンスクという2つの町です。世界気象機関(WMO)等の公式データでは、1892年2月にベルホヤンスクの気温記録として氷点下67.8度が認定され、1933年2月にはオイミャコンでも同じく氷点下67.7度(観測基準により氷点下67.8度とも記録)が確認されています。さらにオイミャコン村内には、1926年に探検家セルゲイ・オブルチェフが計算値として導き出したオイミャコンの最低気温「氷点下71.2度」を記念するモニュメントが堂々と建立されており、現地では今なお誇り高く語り継がれています。
なお、「首都」という切り口で見ると、別の顔触れが浮上します。ロシアの首都モスクワは冬場に氷点下10度から20度程度まで下がるものの、世界で最も冷え込む首都ではありません。国家の中枢機能が集積する首都として年間を通じた寒冷度が群を抜いているのは、モンゴルのウランバートルです。世界一寒い首都と呼ばれるウランバートルは標高約1,350メートルの高原盆地に位置し、1月の平均気温が氷点下20度から25度前後にまで落ち込み、夜間には氷点下40度近くまで冷え込む日が珍しくありません。