2000年代に入ると、一部の週刊誌やワイドショーを中心に「井上陽水と石川セリが長年別居状態」「仮面夫婦で離婚間近か」といったセンセーショナルな報道が相次ぎました。しかし、現場の取材関係者や家族の証言を丹念に洗い直すと、そこには世間が思い描く「愛憎劇による破綻」とは真逆の別居の真相が存在していました。
契機となったのは、1990年代半ばから石川セリを襲った心身の不調でした。彼女は長年にわたり原因不明の体調不良と重度のパニック障害に苦しんでいました。都会の喧噪やプレッシャーから逃れ、豊かな自然の中で心身を休める必要があった彼女は、陽水の故郷でもある福岡県への移住を決断します。
陽水はこの決断を全面的に支持し、福岡市内に快適な自宅を構えました。音楽制作やコンサートリハーサルの拠点を東京に置く陽水は、東京と福岡を行き来する「デュアルライフ(二拠点生活)」を開始。この物理的な距離を、一部メディアが「不仲による別居」と短絡的に解釈したのです。
石川セリ自身、後の回想や手記において「離れて暮らす時間があるからこそ、お互いを気遣い、会った時間を心から楽しめる」「彼は私の病気を誰よりも深く理解し、決して無理強いをしない最高の味方」と述懐しています。世間一般の「同一屋根の下で暮らすことこそが円満」という固定観念を脱ぎ捨て、お互いの生存と創作を最優先にしたからこそ、彼らの婚姻関係は45年以上の長きにわたって守り抜かれたのです。