『山谷ブルース』の歌詞は、無駄な修辞を削ぎ落とした短文の積み重ねでありながら、日雇い労働者の1日のサイクルと精神的孤立を完璧にトレースしています。
冒頭で描かれるのは、早朝の手配師とのやり取りから始まる過酷な労働です。汗水を流して働きながらも、夕方に支払われる日当は決して生活を好転させる金額にはなりません。稼いだ金は、その日の宿代と、過酷な現実を一時的に麻痺させるための安酒へと消えていきます。
歌詞中に出てくる「泪橋」を越えてドヤ街へと帰っていく描写には、当時の日本社会を覆っていた「高度経済成長の影」が見事に凝縮されています。新幹線が開通し、ビル群が立ち並ぶ華やかな東京の裏側で、その礎を築く労働者たちは「人間」として扱われず、使い捨ての資材のように消費されていました。
さらに重要なのは、歌詞が単なる社会告発にとどまらず、「故郷を捨てざるを得なかった男の個人の悲哀」に深く潜り込んでいる点です。親兄弟を捨て、名前すら偽って山谷に流れ着いた男が、酒の力を借りてなお消えない後悔に苛まれる姿は、近代化の中で故郷を喪失したすべての日本人の孤独と響き合っていました。岡林信康の歌詞が時代を超えて共鳴を呼ぶのは、外側のプロテスト(抗議)にとどまらず、人間の内面にある普遍的な脆さを捉えていたからにほかなりません。