「なぜあれほどの人気キャラクターでデザイナーが交代したのか?」という疑問は、多くのファンが抱くポイントです。そこには時代背景とビジネス上の必然性がありました。
初代から2代目への交代:昭和期の社会通念と「結婚退社」
初代・清水侑子氏の交代理由は、シンプルに「結婚に伴う寿退社」でした。1970年代半ばの日本企業では、女性社員が結婚を機に家庭に入るケースが一般的であり、長期雇用を前提としたキャラクター専属制度も確立されていませんでした。清水氏自身、後にインタビューで「キティがこれほど長く世界中で愛される大スターになるとは、当時は想像もしていなかった」と述懐しています。
2代目から3代目への交代:70年代末の「キティ冬の時代」
2代目の米窪氏が多彩なポーズを生み出したものの、1970年代後半になると消費者の間でキティに対するマンネリ感が漂い始めました。売上が急激に落ち込み、サンリオ社内でも「キティの寿命は終わったのではないか」という空気すら流れていたといいます。
この危機的状況を打破するため、創業者・辻信太郎氏の号令のもと全社的なキャラクターデザインコンペが開催されました。そこで「今のキティはファンと会話していない。私がキティをもう一度生き返らせる」と名乗りを上げたのが、当時入社2年目だった山口裕子氏でした。山口氏の革新的な提案が採用され、運命の3代目就任へと繋がりました。