役所広司という圧倒的な役者の真骨頂は、日常の穏やかさから一瞬にして異界の狂気へと跳躍する振り幅にある。本作で彼が演じる滝口は、一見すると過疎化が進む町で静かに暮らすごく普通の男だ。しかし、一つの事件をきっかけに、彼の秘められた鋭利な観察眼と冷徹な側面が剥き出しになっていく。
是枝作品特有のドキュメンタリータッチの映像美と、役所の生々しい演技が融合することで、観る者は「これは劇中劇なのか、それとも現実に起きている悲劇なのか」という錯覚に陥る。静謐な沈黙、眼球のわずかな揺れ——そのすべてが観客の焦躁感を煽り立てる。海外の映画プロデューサーからも「彼の芝居だけで一編のフィルムとして成立している」と称賛が寄せられている。