観光客が初めてメニュー名を目にした際、最も多く抱く疑問が「なぜわざわざ漬物を焼くのか」という点です。その答えは、北アルプスの山々に囲まれた飛騨地方特有の過酷な気候風土にあります。
標高が高く、冬季には氷点下10度を下回ることも珍しくない飛騨高山では、かつて晩秋に大量の白菜や赤かぶを樽に漬け込み、冬の貴重な保存食として春先まで持たせていました。しかし、厳冬期の厳しい寒さによって樽の中の漬物はシャリシャリに凍結してしまいます。凍りついた漬物はそのままでは冷たくて食べられず、さらに春が近づくにつれて乳酸発酵が進み、酸味が強くなってそのまま食べるのが難しくなるという課題がありました。
そこで生まれたのが、「凍った漬物を囲炉裏の火にかざした鉄板や朴葉(ほおば)の上で温め、解凍しながら油や調味料を加えて炒める」という調理法でした。熱を通すことで酸味がまろやかな旨味へと変化し、香ばしさが加わることで、古漬けは見事なごちそうへと生まれ変わったのです。
「ステーキ」というハイカラな呼び名の由来については、昭和30〜40年代の高度経済成長期にさかのぼります。当時、庶民にとって牛肉のステーキは高嶺の花でした。そこで、鉄板の上でジュージューと豪快に音を立てて焼き上げる様子をステーキに見立て、親しみを込めて「漬物ステーキ(地元では通称・漬ステ)」と呼び始めたと伝えられています。発祥の店については諸説あるものの、高山市内の大衆酒場がまかない料理やつまみとして常連客に振る舞ったことがきっかけで市内の飲食店へと広まり、現在では飛騨高山の居酒屋における不動の定番メニューとして定着しました。