旭川ラーメンが全国的な知名度を獲得する遥か前、戦後の混乱期であった1947年(昭和22年)に、初代店主・村山吉弥氏が引いた1台のリヤカー屋台こそが「青葉」の出発点でした。食べ物資が乏しかった時代、初代は「少しでも栄養価が高く、寒冷地の人々の活力になるスープを作りたい」という一心で寸胴に向き合いました。
当時、豚骨などの動物系出汁は独特の獣臭さが課題となっていましたが、初代は北海道ならではの海の恵みである利尻昆布や煮干し(鯵など)、香味野菜を絶妙なバランスで合わせる手法を編み出します。これが、現在全国で親しまれている「旭川ラーメンのWスープ」の源流となりました。
報道各社のアーカイブ取材や店舗資料によれば、屋台時代から常連客の声を丹念に拾い上げ、改良を重ねたレシピは二代目、そして三代目へと一子相伝で継承されています。創業当時の哲学を崩さず、時代に合わせて塩分や脂の質感を微調整し続ける柔軟さこそが、旭川ラーメン老舗名店として80年近く王座を守り続ける原動力です。