今日の連合王国が形作られるプロセスは、武力併合と法的な統合条約が織りなす長い歴史そのものです。その第一歩は、13世紀末にイングランドがウェールズを武力征服し、16世紀のヘンリー8世の時代に法的に完全併合したことに始まります。
続いて1603年、イングランドのエリザベス1世崩御に伴い、スコットランド国王ジェームズ6世がイングランド国王ジェームズ1世を兼任する「同君連合」が成立。その後、1707年の連合法(Act of Union)によって両国の議会が統合され、「グレートブリテン王国」が誕生しました。
さらに1800年連合法が可決され、1801年1月1日にアイルランド王国が組み込まれたことで、国名は「グレートブリテン及びアイルランド連合王国」へと拡大します。しかし、アイルランドにおけるカトリック系住民への差別や19世紀半ばのジャガイモ飢饉を契機に独立運動が激化。激しい独立戦争を経て1922年に南部26県が「アイルランド自由国(現アイルランド共和国)」として分離独立を果たしました。
この際、プロテスタント系住民が多数を占めていた北部6県のみが連合王国に残留することを選択。これを受けて1927年、正式名称が現在の「グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国」へと改称されました。この国境線を巡って20世紀後半には3,500人以上の死者を出す「北アイルランド紛争(The Troubles)」へと発展し、1998年のベルファスト合意(聖金曜日合意)を経てようやく和平への道が開かれたという過酷な背景が存在します。