ゴージャスなセレブ生活や華やかな海外移住のイメージから、ネット上では「ローラは裕福な実業家の娘として生まれ育った」という誤解が根強く残っています。しかし、その実態は想像を絶する貧困との戦いでした。
一家が日本に戻った当時、暮らしていたのは東京都内の木造・風呂なしの狭小アパートでした。多国籍の家族6人が寄り添うように暮らし、冬場は冷たいすきま風が吹き込む部屋で、お風呂の代わりに台所の流しで体を洗ったり、銭湯に通ったりする毎日だったとローラ自身が過去のロングインタビューで述懐しています。
食費を切り詰めるため、道端に生えている野草やスギナ、つくしを父親が摘んできておかずにしたという驚きのエピソードも語られています。学校では日本語がうまく話せず、いじめに近い疎外感を味わった時期もありました。そうした極限の逆境下で、家族を明るく励まし、自らを奮い立たせるために身につけたのが、あの「どんな状況でも笑顔を絶やさないポジティブな姿勢」だったのです。