マン島TTレースを語る上で避けて通れないのが、その圧倒的な危険性と死亡事故の多さです。1907年の第1回大会以降、公式練習や予選を含めると260名を超えるライダーが命を落としています。近代的な安全対策が義務付けられた国際格式のサーキットレースから見れば、信じがたい犠牲者数と言わざるを得ません。
マン島TTレースが危険すぎる理由の根本は、舞台が「閉鎖された一般公道」である点にあります。近代サーキットに存在する広大なエスケープゾーンやグラベルベッド、衝撃吸収バリアはほぼ存在しません。コース脇には民家の石壁、街灯、縁石、街路樹、崖といった硬質な障害物が無防備に迫っています。わずか数センチのラインの狂いやマシントラブルが、即座に致命的なクラッシュへと直結する環境です。
それでもなお、トップライダーたちがマン島を目指すのはなぜでしょうか。彼らが口を揃えるのは「一切の虚飾を排した純粋な挑戦」です。サーキットレースのように他車との接触やレギュレーションの駆け引きではなく、極限の恐怖をねじ伏せ、自分自身とコースだけに対峙する感覚は、他のいかなる舞台でも味わえません。「死の恐怖があるからこそ、生きている実感を強烈に味わえる」と語るライダーも少なくなく、危険の裏返しとして存在する絶対的な名誉が、世界中の命知らずたちを惹きつけてやみません。