インターネット上の掲示板やSNSでは、当時「初期がんなら、なぜ喉を切らずにお腹や口からの内視鏡治療(ESD:内視鏡的粘膜下層剥離術)で済ませなかったのか?」「大手術をしたのは誤診だったのではないか」といった誤解や臆測が一部で飛び交いました。
しかし、これらは消化器病理の観点から見れば完全に的外れな見解です。食道の壁はわずか数ミリの厚みしかなく、最も内側の「粘膜上皮」から「粘膜固有層」「粘膜筋板」「粘膜下層」、そして筋肉層へと続いています。内視鏡でがんを削り取る治療が適応されるのは、がんが「粘膜筋板まで」にとどまっている極めて浅いケースに限られます。
食道周囲には豊富なリンパ管網が存在するため、がんが「粘膜下層」に達すると、たとえ目に見える腫瘍径が小さくても10〜15%程度の確率で周囲のリンパ節へ微小転移しているリスクが生じます。桑田氏の病変は粘膜下層深部へと微小浸潤していた、もしくはその疑いがあったため、内視鏡で表面だけを切り取っても将来的な再発リスクを完全に排除できない状態でした。
「将来の再発の芽を徹底的に摘み、完治を目指す」という宇田川医師ら医療チームの冷静な判断に基づき、あえて体への負担が大きい根治的切除(リンパ節郭清を伴う亜全摘術)が選択されました。目先の侵襲軽減よりも10年、20年先を見据えたこの決断こそが、2026年現在の健在ぶりを支える土台となっています。