祈りであり皮肉であったはずのフレーズが、なぜ真逆の「肉体を鍛えれば精神も磨かれる」という訓言に変貌したのでしょうか。歴史のターニングポイントは、17世紀の教育論と、19世紀末の近代オリンピック運動にありました。
最初の改変の萌芽は、イギリスの哲学者ジョン・ロックが1693年に著した『教育に関する考察』に見られます。ロックは著書の冒頭でこの言葉を引き、「この世で幸福な状態とは、健全な肉体に健全な精神があることだ」と論じました。この段階ではまだ教育における心身両面の健康の重要性を説く文脈でしたが、ユウェナリスが込めた風刺のニュアンスは完全に脱色されます。
そして決定打となったのが、近代オリンピックの提唱者として知られるフランスの教育者、ピエール・ド・クーベルタン男爵です。
1894年、クーベルタンはソルボンヌ大学で開催された国際スポーツ会議でオリンピック復興を宣言した際、このラテン語の警句から「祈るべきである(Orandum est)」を故意に削ぎ落とし、「健全な身体に健全な精神が宿る(Mens sana in corpore sano)」という断定の形で引用しました。普仏戦争の敗北に打ちひしがれていたフランスの青年たちを鼓舞し、スポーツを通じた心身の軍事教練・規律訓練を正当化するためのスローガンとして再定義したのです。
クーベルタンのこの改変は極めて強力に機能しました。近代国家が国民軍を形成し、工場労働者を統御するにあたって、「身体を服従させて鍛え上げれば、従順で健全な精神が宿る」というドグマは国家権力にとって非常に都合が良かったからです。この文脈が戦前の大日本帝国における学校体操や軍事訓練、さらには昭和のスポ根主義へと引き継がれ、現在の日本の運動部活動や企業の体育会系文化にまで根を張ることになりました。