4月4日は何の日?あんぱん献上の真相やどら焼きの由来を徹底解剖

4月4日は何の日?あんぱん献上の真相やどら焼きの由来を徹底解剖

4月4日は何の日?あんぱん献上の真相やどら焼きの由来を徹底解剖の基礎知識と応用に迫る! 専門的な視点でご紹介しています。

カレンダーをめくると目に入る「あんぱんの日」と「どら焼きの日」。同じ和菓子系記念日でありながら、その誕生の経緯には明確な歴史的必然性と、練り上げられた民俗的ロジックが宿っています。

「あんぱんの日」のルーツは、文明開化華やかなりし1875年(明治8年)4月4日にまで遡ります。当時、東京・向島にあった水戸藩下屋敷で花見を催された明治天皇に対し、宮内省の侍従長・山岡鉄舟の仲介によって、木村屋(現在の木村屋總本店)の創業者である木村安兵衛・英三郎親子が自慢の逸品を献上しました。木村親子は、単に西洋のパンを模倣するだけでなく、日本人の味覚に寄り添うべく酒種(さかだね)発酵の生地を開発。さらに花見の席にふさわしい意匠として、奈良の吉野山から取り寄せた八重桜の花びらの塩漬けを中央に埋め込みました。この桜あんと塩気、パン生地の絶妙な調和を明治天皇は深く嘉納され、「引き続き納めるように」との言葉を残されました。この皇室御用達の栄誉を受けた日が4月4日であったことこそが、今日に至る「あんぱんの日」の揺るぎない根拠です。

一方の「どら焼きの日」は、日本古来の五節句文化と美しい語呂合わせが見事に融合した記念日です。鳥取県米子市の老舗和菓子メーカー・丸京製菓が提唱し、日本記念日協会に認定されたこの記念日は、日付の配置に秀逸な意味が込められています。3月3日の「桃の節句(女の子の日)」と、5月5日の「端午の節句(男の子の日)」にちょうど挟まれた4月4日。男の子と女の子が出会って手を取り合い、「4」と「4」を合わせて「し・あわせ(幸せ)」が生まれる日というストーリーが設計されています。丸い形状のどら焼きを贈り合い、人と人との縁を結んで幸せを分かち合ってほしいという願いが、この春の日に結実しています。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。