ネット上の言説や一般の誤解として、「ガリレオは地動説を唱えたために処刑された」という噂が散見されます。しかし、ガリレオ・ガリレイは処刑されていません。1642年に77歳で亡くなるまで、病気と闘いながらも天寿を全うしています。
この処刑の噂が生まれた背景には、1600年にローマのカンポ・デ・フィオーリ広場で火刑に処された哲学者、ジョルダーノ・ブルーノの存在との混同があります。ブルーノも確かにコペルニクスの地動説を支持し、宇宙は無限であり無数の太陽系が存在すると主張しました。しかし彼が処刑された真の理由は、三位一体の否定やキリストの神性の否定など、キリスト教の根本義を揺るがす多重の異端思想に最後まで固執したためでした。
対するガリレオは、1633年の判決において終身刑を宣告されたものの、直ちに「フィレンツェ郊外のアルチェトリにある別荘での軟禁刑」に減刑されました。さらに、彼は死刑を回避するために教会の要求を受け入れ、地動説を完全に撤回・破門回避する「異端誓絶文」を読み上げています。ガリレオは軟禁状態に置かれながらも研究を継続し、近代力学の基礎を築いた名著『新科学対話』をオランダで密かに出版するなど、晩年まで旺盛な知的好奇心を持ち続けました。