社会派ミステリーの傑作『火車』や、現代社会の底知れぬ悪意を描き切った『模倣犯』。これらの作品で社会の歪みとそこに生きる人間の孤独を描いてきた宮部みゆきだが、その眼差しは本作『この世の春』にも色濃く受け継がれている。時代背景は違えど、描かれているのは常に「追い詰められた個人」の魂の救済だ。
現代劇で見せた鋭い人間観察眼と、時代物で培われた叙情的な美意識。二つの要素が最高度の次元で融合した結果がここにある。過去の現代ミステリーで追及した「悪とは何か」「救いとは何か」という問いに対する答えが、江戸の怪異と陰謀の闇を通して緻密に提示されているのだ。