元々、彼は法政大学野球部出身のアスリートであり、タフな肉体を買われて芸能界へ足を踏み入れた。若手時代には石原プロモーションの制作作品をはじめ、1980年代後半のヒットドラマ『勝手にしやがれ ヘイ!ブラザー』などで見せた軽快でワイルドなアクションが今もファンの記憶に深く刻まれている。
スクリーンやテレビの第一線でハードな撮影をこなしてきた自負があったからこそ、50代を迎えて牙をむいた重度腰痛症のショックは計り知れなかった。かつての強い肉体を知る同年代のファンにとっても、彼が激痛で動けなくなったという現実は、病気説以上の衝撃をもって受け止められたのだった。