土方歳三と函館の真実|五稜郭最後の戦い・埋葬の謎と聖地巡礼

土方歳三と函館の真実|五稜郭最後の戦い・埋葬の謎と聖地巡礼

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鳥羽・伏見の戦いから始まった戊辰戦争において、勝海舟と西郷隆盛の会談により江戸城は無血開城を迎えました。しかし、旧幕府海軍副総裁の榎本武揚率いる艦隊は降伏を拒否し、土方歳三ら志を同じくする武士たちと共に北へ向かいました。これが箱館戦争経緯まとめの起点となる出来事です。

1868年(明治元年)10月、蝦夷地・鷲ノ木(現・森町)に上陸した旧幕府軍は、瞬く間に箱館を制圧し、西洋式城郭である五稜郭を本拠地と定めました。同年12月には士官以上の入札(選挙)によって榎本武揚を総裁とする事実上の「蝦夷共和国」政権が樹立され、土方は幹部である「陸軍奉行並」に就任します。

土方が函館で目指したのは、単なる無謀な抵抗ではありませんでした。新政府軍との圧倒的な戦力差を自覚しながらも、武士の矜持を守り、旧幕臣たちの生活の場を確保するための軍事・外交拠点を築こうとしたのです。京都時代の「鬼の副長」という冷徹なイメージとは対照的に、箱館での土方は部下の意見に耳を傾け、自ら危険な前線に立つ慈愛に満ちた指揮官として兵士たちから絶大な信頼を寄せられていました。

小林 直樹
著者

小林 直樹

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