インターネット上の掲示板やSNSでは、長年にわたり「岩城滉一と舘ひろしは殴り合いの喧嘩をして絶縁した」「顔を合わせることすら避けている」といった過激な言説が定期的に再浮上します。こうした噂が半世紀にわたって消えない最大の要因は、「2人が公の場で揃って共演する機会が極端に少なかったこと」に起因しています。
1976年の東映映画『暴力教室』で松田優作を交えて共演して以降、テレビのゴールデンタイムを代表する看板俳優として同時期にトップを走り続けながらも、ドラマや映画で本格的に肩を並べる機会は皆無に等しい状態が続きました。メディアや大衆は「同じルーツを持つ2人のスーパースターが交わらないのは、背後に修復不可能な確執があるからに違いない」という分かりやすい対立構造を当てはめたのです。
しかし、当時のカルチャー誌の取材記録や関係者の証言を丹念に辿ると、世間が想起するような「泥沼の憎悪劇」とはまったく異なる、若者特有の自立心とプライドのせめぎ合いが浮き彫りになってきます。