多くの読者がショックを受けた要因の一つに、少年漫画の枠を超えた過激な負傷描写、とりわけ「胴体切断」という無慈悲なダメージ描写があります。なぜ原作者の吾峠呼世晴先生は、人気絶頂にあった14歳の少年にこれほどまでに凄惨な最期を描いたのでしょうか。そこには物語上の演出と、戦闘における緻密な戦術的必然性が隠されています。
第174話から第175話にかけて、無一郎は玄弥とともに死角から黒死牟に肉薄。左足を失いながらも刀をその胴体深くに突き刺しました。しかし、異形の刃を全身から無数に生やす黒死牟の全方位攻撃「月の呼吸」の波状乱撃を受け、無一郎の腰から下は無残にも両断されてしまいます。常人であれば即死、あるいは意識を失う激痛と大出血の中、無一郎の闘志は一切途切れませんでした。
胴体を切断されてなお、刺した日輪刀を両手で万力の如く握りしめ続けた結果、極限の握力と体温上昇によって「赫刀(しゃくとう)」の発現に成功します。内臓を焼き爛れさせる赫刀の強烈な灼熱と激痛は、驚異的な再生能力を誇る黒死牟の動きを完全に縫い止めました。この一瞬の拘束がなければ、悲鳴嶼と実弥が黒死牟の頸を砕くことは不可能でした。つまり胴体を両断されてもなお刃を離さなかった無一郎の執念こそが、鬼殺隊が上弦の壱に勝利できた唯一無二の決定打だったのです。