赤木しげるの最後はなぜ安楽死か?アルツハイマーの真相と遺した名言の疑問点について、専門知識を基に徹底解説します。
赤木しげるの最期を描いた「通夜編」は、コミックス『天 天和通りの快男児』の第16巻終盤から最終巻である第18巻にかけて収録されています。単行本約2巻半にわたり、麻雀牌を握ることなく、死を目前にした一人の男と彼を取り巻く人間たちの「対話」のみで物語が進行するという、極めて異例かつ重厚な構成が取られました。
舞台となったのは人里離れた山奥のホテル。赤木はかつて命を削り合って戦った東西戦の仲間やライバルたちを招集し、自らの「生前葬」を開催します。参列者たちは突然届いた訃報ならぬ「臨終予告」に動揺し、致死薬を点滴する装置を備えた個室で横たわる赤木と1対1で対峙し、必死の説得を試みました。しかし、赤木はそれぞれの人生観や倫理観を受け止めつつも、独自の死生観をもってそれらを論理的に論破していきます。
対話相手説得の論点・相手の主張赤木しげるの論破・返答編集部の見解・考察原田克美
(関西の首領)組織の力や財力を使えば最高の医療を受けられる。生きてさえいれば奇跡の治療法が見つかる可能性もある。自分は権力や財産など求めていない。老醜を晒し、他人に介護されてまで延命することに何の価値も見出せない。社会的成功や支配欲に生きる原田と、個の純粋性を貫く赤木の根本的な価値観の乖離を浮き彫りにした。僧我三威
(伝説の雀師)ボケることもまた自然の摂理。老いを受け入れ、愚鈍になって死んでいくのが人間の本来の道ではないか。それは自然に生きられた者の論理。「赤木しげる」という誇りを削り取られながら生き長らえるのは、緩慢な処刑に等しい。勝負師として老いと向き合ってきた長老に対し、自らの個性を芸術品のように完結させたい赤木の美学が勝った瞬間。天貴史
(主人公・無頼の雀士)仲間を悲しませるな。どんな無様な姿になろうと、生きて側にいてくれるだけで俺たちは救われる。他人の感傷のために自分の命の幕引きを委ねることはできない。己の死は己だけの領分である。「情」を重んじる天と「個の独立」を重んじる赤木。互いに相手を深く認め合いながらも、決して妥協しない哀しき対立。井川ひろゆき
(後継者たる青年)死んだら何も残らない。死は単なる終わりであり、どんなに格好をつけてもゼロになるだけだ。生き続けてほしい。死を恐れて不本意に生き延びることは、生の価値を損なう。「熱い三流」として胸を張って生きろと諭し、決行へ。人生の迷路にいた若者への最後の教育。この問答がひろゆきのその後の人生を決定づける導火線となった。