本木雅弘ファミリーの歩みの中で、ひときわ異彩を放っているのが2012年からの英国ロンドンへの家族移住です。当時、日本国内で俳優として頂点を極めていた彼が、なぜ仕事をセーブしてまで異国の地へと拠点を移したのでしょうか。
報道資料や当時の本木自身の告白によると、最大の理由は「子供たちの教育と、自らを一度リセットすること」にありました。長男のUTAや長女の伽羅が海外の学校へ進学するタイミングが重なったこと、そして何より「本木雅弘の子供」「内田裕也・樹木希林の孫」という強烈なレッテルが貼られる日本社会から子供たちを解放し、個の人間として大地に足をつけてほしかったという親としての切実な願いがありました。
さらに大きかったのが、本木自身が抱えていた役者としての窒息感です。常に完璧を求められ、世間のイメージに縛られる東京の生活から離れ、誰も自分を知らないロンドンの街で一人の父親としてスーパーで買い物をし、子供の学校の送り迎えをする。この約5年半のロンドン生活について、本木は後に特番インタビューで「自尊心や自意識の澱(おり)が削ぎ落とされ、本当の意味で呼吸ができるようになった」と述懐しています。
樹木希林さんの闘病や逝去に伴い完全帰国を果たした後も、このロンドン時代に培った「何ものにも縛られない自由な価値観」は、現在の本木雅弘の脱力と凄みが同居する演技スタイルの強固な土台となっています。