フランソア喫茶室の重厚な木製ドアを開けると、外の四条通の喧騒が一瞬で遮断され、バロック音楽の優雅な旋律が出迎えてくれます。この空間の設計を手がけたのは、創業者の立野正一氏と、当時京都帝国大学(現・京都大学)の留学生だったイタリア人建築家アレッサンドロ・ベンチヴェンニ、そして洋画家の高木四郎らでした。
内装の最大の特徴は、豪華客船ホールをイメージして設計されたイタリア・バロック様式のアーチ型ドーム天井と、深紅のベルベットが張られたクラシカルな椅子です。ステンドグラスから差し込む淡い自然光と、木肌の温もりが絶妙な陰影を生み出しており、装飾美術としての完成度は類を見ません。
しかし、フランソア喫茶室の真の価値は、その瀟洒な外観だけにとどまりません。戦時色が強まる昭和初期、同店は反ファシズムの言論活動や自由な芸術論を交わす知識人たちの「聖域」として機能していました。反戦を掲げた文化雑誌『土曜日』の編集・配布拠点となり、洋画家の猪熊弦一郎や吉井忠、文学者の太宰治、吉川幸次郎、桑原武夫といった錚々たる文化人が集い、思想と文化の自由を守り抜いた舞台でもあります。文化庁が2003年に「造形の規範となっているもの」として登録有形文化財に選定した背景には、建築美と歴史的文脈の双方が極めて高く評価された事実が存在します。