明治4年(1871年)の廃藩置県によって誕生した初期の群馬県において、最初の県庁は高崎城跡に設置された。中山道と三国街道が交わる交通の要衝・高崎に拠点を置くことは、新政府の安全保障上極めて理にかなった選択であった。しかし、この平穏は長くは続かなかった。
当時の陸軍省が高崎城址を兵営地として使用することを突如決定したため、県庁は仮住まいを強いられることになる。この危機的状況を絶好の機会と捉えたのが、絹織物や生糸の取引で巨万の富を築いていた前橋の商人や有力者たちだった。彼らは莫大な自己資金を投じて庁舎建設費用を寄付することを申し出、激しい県庁誘致運動を繰り広げたのである。