長南年恵の知名度が全国区になるにつれ、当然ながら警察や司法当局からの厳しい追及が始まりました。山形県内での拘留を経て、1900年(明治33年)12月、彼女は大阪にて詐欺行為(霊水による不当利得)の疑いで起訴され、大阪地方裁判所の法廷に立つことになります。
この裁判の主任判事・鶴田詮は、詐欺の有無を客観的に証明するため、法廷内での厳重な公開検証実験を命じました。これが日本裁判史上でも極めて異例とされる「霊水出現実験」です。
当時の裁判記録および関係者の証言によると、実験は以下のような徹底した条件下で執行されました。
- 法廷の別室において、身体検査および衣服の完全な改めを実施。
- 裁判所側が用意した完全に空のガラス瓶を長南年恵に手渡し、注入口を厳重に封印。
- 衝立(ついたて)で囲まれた密閉空間に彼女を一人で着席させ、祈祷を開始させる。
わずか数分後、祈祷を終えた衝立の中から現れた瓶には、赤みがかった芳香を放つ霊水がなみなみと満たされていたのです。裁判官および立ち会った検察官・書記官らは瓶の封印が破られていないことを確認し、物理的なトリックの痕跡を発見できませんでした。この結果を受け、大阪地方裁判所は即座に長南年恵に対して「証拠不十分による無罪判決」を言い渡しました。