青山学院大学時代を語る上で欠かせないもう一つの顔が、チアリーダー部での活動である。彼女は東都大学野球リーグなどで母校の硬式野球部を応援するため、神宮球場をはじめとするスタンドで汗を流していた。真夏の照りつける太陽の下でも、厳しい冬の寒風の中でも、笑顔を絶やすことなく声を張り上げ続けた経験は、彼女のタフな精神力を育んだ。
当時の部活動は練習が非常に厳しく、早朝から夜遅くまでダンスの振り付けやフォーメーションの確認に追われる日々だったという。しかし、厳しい練習を乗り越えて仲間の努力を全力で応援する快感と達成感は、彼女の価値観を大きく変えた。「人の頑張りを一番近くで支え、届ける仕事がしたい」という想いは、このチアリーダー時代の現場体験によって決定づけられたものだ。報道の現場で被災地や取材対象者に寄り添う姿勢は、まさにグラウンドの選手たちへ向けられていた温かい眼差しそのものである。