九龍城砦の元住民が語る東洋の魔窟の真実!無法地帯の日常と絆

九龍城砦の元住民が語る東洋の魔窟の真実!無法地帯の日常と絆

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「昼間でも太陽の光は届かず、頭上からは常に配管の水が滴り落ちていた」。かつて城砦内の高層バラックで青春期を過ごした元住民のウォン・メイリンさん(64)は、遠い目をしながら当時を振り返る。迷路のように入り組んだ狭い通路は、大人ひとりがすれ違うのがやっと。頭上には無数の違法電線が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、湿気と油煙、そして独特の漢方薬の匂いが立ち込めていた。

世間が「東洋の魔窟」と恐れおののく一方で、砦の内部には驚くほど精緻で自給自足的な社会秩序が存在していた。無許可の歯科医院やクリニックが軒を連ね、低価格で治療を求める外部の人々を受け入れていた。街角のベーカリーからは毎朝焼きたてのエッグタルトの香りが漂い、小さな工場では香港中の屋台で消費される魚肉団子(フィッシュボール)が休むことなく製造されていたのだ。

最も象徴的だったのは屋上空間だ。過密を極めた建物の屋根の上だけが、住民たちにとって唯一の青空だった。そこでは子どもたちが鬼ごっこに興じ、老人たちが鳥かごを片手に涼んでいた。啓徳空港へ向けて超低空でアプローチする巨大なボーイング747型機の轟音と突風を浴びながら、住民たちは洗濯物を干し、夕涼みをしていたという。

佐藤 大輔
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佐藤 大輔

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