二人の出逢いは、1982年公開の松竹映画『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』(第30作)での共演でした。劇中で沢田研二が演じた内気な青年・勝吉と、田中裕子が演じた美しいマドンナ・螢子。長崎県五島列島ロケなどを通じて急接近した二人は、スクリーンの枠を越えて強い恋愛感情で結ばれていきます。
当時、田中裕子の若い頃は、圧倒的な透明感と妖艶な色香、そして高い演技力で映画賞を総なめにしていた若手トップ女優。一方の沢田研二は1975年に双子デュオ「ザ・ピーナッツ」の姉・伊藤エミさんと結婚しており、長男にも恵まれた家庭人でした。それだけに、二人の交際発覚は「不倫」「略奪愛」として当時のメディアから熾烈な追及を受けることになります。
関係者や当時の報道記録によると、沢田研二は決して関係を曖昧にせず、正面から離婚協議に臨みました。約5年におよぶ別居と話し合いの末、1987年に正式離婚が成立。その際、沢田研二が伊藤エミさんに支払った慰謝料・財産分与の総額は約18億1800万円に達したと報じられています。世田谷区の豪邸や各種権利関係を含むこの金額は、昭和から平成の芸能史において歴代最高峰の補償額として記録されています。すべてを投げ打ってでも田中裕子との未来を選ぶという、沢田研二の凄まじい覚悟が浮き彫りになった瞬間でした。