なぜ大東駿介は、法的な婚姻関係を結びながら同居を拒み、交際相手にもそれを隠すという極端な行動を取ってしまったのでしょうか。その背景には、彼の壮絶な生い立ちが深く影を落としています。
大東は幼少期に父親が失踪し、中学2年生のときに母親も突然姿を消すという、壮絶なネグレクト(育児放棄)を経験しています。電気もガスも止められた自宅に一人取り残され、引き出しに残されていたわずかな小銭と駄菓子で命をつなぎ、学校の給食だけが唯一のまともな食事だったという凄惨な思春期を過ごしました。その後、叔母に引き取られて保護されたものの、心に刻まれた「家庭というものはいつか崩壊し、自分を裏切る」という恐怖は消え去りませんでした。
臨床心理学において、幼少期に養育者から見捨てられた経験を持つ人間は、「回避型愛着スタイル」や「見捨てられ不安」を極端にこじらせる傾向が指摘されています。大東自身も「自分が家庭を持つと、いつか自分も親のように家族を捨ててしまうのではないか」という強迫観念に怯え続けていたと語っています。形だけの籍を入れながら妻子と距離を置き、水川にも真実を打ち明けられなかった行動は、自己防衛と破滅願望が入り混じった心理的パニックの産物であったといえます。
しかし、理由がどうであれ、現実として水川が受けた欺瞞の痛みは正当化されるものではありません。自立心旺盛で誠実な人間関係を望んでいた水川にとって、その歪んだ関係性は到底受け入れられるものではなかったのです。