この言葉が持つ肉体性とスペクタクルを大衆の脳裏に焼き付けた立役者のひとつが、昭和から平成、そして現在へと続くプロレス文化だ。とりわけ新日本プロレスのマット上で繰り広げられてきた関節技の応酬は、「悶絶」の生きた教科書だったといえる。
アントニオ猪木が繰り出す卍固めや、屈強なレスラーたちが仕掛けるアキレス腱固め。極められた選手が顔を歪ませ、キャンバスを激しく叩きながら叫ぶ姿は、単なる痛みの誇示ではない。観客はその歪んだ表情に息を呑み、極限状態の人体が見せるドラマに熱狂した。技の威力を可視化し、観客の感情を最高潮へと導く身体言語として、悶絶のリアクションはプロレスという表現芸術のコアに位置づけられたのである。