事件の発端は1999年1月、被害者の女子大学生が当時「池田」と偽名を名乗っていた小松和人(当時33歳)と出会ったことでした。小松は当初、会社経営者を装って高級ブランド品を買い与えるなどして親密になろうとしましたが、次第に被害者の行動を異常なまでに束縛し始めます。携帯電話の発信履歴を細かく監視し、意に沿わない行動があれば暴言を浴びせるなど、暴力的な本性を露わにしていきました。
身の危険を察知した被害者が1999年3月に別れを切り出すと、小松の態度は一変。自宅に押しかけて「家族をめちゃくちゃにしてやる」と激しい脅迫を開始します。さらに小松は、実兄の小松武史(当時32歳)とともに被害者への嫌がらせを激化させました。被害者の自宅周辺や最寄り駅、父親の勤務先などに「売春婦」「詐欺師」といった虚偽の誹謗中傷を記したビラを数百枚規模でばらまき、自宅には昼夜を問わず無言電話や脅迫テープを送りつけるなど、精神的・社会的に追い詰めていったのです。
極限状態に追い込まれた被害者と家族は、同年6月以降、管轄の埼玉県警上尾警察署へ幾度となく救いを求めました。しかし、警察はまともな捜査を行うことなく放置。その結果、小松兄弟から謝礼2,000万円で殺害を請け負った久保田正人ら4人の実行犯グループが組織され、1999年10月26日午後1時前、JR桶川駅東口の路上で、自転車を降りた被害者の背後から久保田がナイフで心臓を突き刺し、命を奪うという最悪の結末を迎えたのです。