退行というテーマは、これまで幾度となく物語の題材として描かれてきた。映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』では、老人の姿で生まれ赤ん坊へと若返っていく男の奇奇たる生涯が描かれたが、あれは肉体の逆行を通じて人生の無常と孤独を浮き彫りにした傑作だ。一方で、現代社会で起きているのは「肉体は成熟したまま、精神だけが乳幼児期へと巻き戻る」という内的な逆行である。
近年、Netflixで配信され世界的な議論を呼んだ心理サスペンス・ドキュメンタリーや、NHKオンデマンドで特集された現代人のメンタルヘルス企画でも、この現象は大きく取り上げられた。映像作品のなかで描かれるのは、社会的な成功を収めたエリートが密室でぬいぐるみに執着したり、他者に全盲的な依存を繰り返したりする凄まじい実態だ。
スクリーンの中だけの奇異な出来事ではない。視聴者がこれらに強烈なリアリティと居心地の悪さを感じるのは、どこかで自分自身の心の奥底にある「すべてを投げ出して誰かに抱きしめられたい」という退行衝動と響き合っているからだ。