波乱に満ちた私生活の影に隠れがちですが、表現者としての淡路恵子の若い頃の才能は、映画史において極めて突出したものでした。東京・日本橋の裕福な家庭に生まれた彼女は、戦後間もない1948年に松竹歌劇団(SKD)へ入団。すらりとした手足とコケティッシュな美貌、天性の華やかさで瞬く間に頭角を現しました。
その才能をいち早く見抜いたのが映画監督の黒澤明でした。1949年、映画『野良犬』のオーディションに訪れた淡路を、黒澤はピストルを盗まれた新米刑事(三船敏郎)を翻弄する踊子・並木なみえ役に抜擢します。当時わずか16歳だった淡路が見せた、頽廃と純粋さが同居する蠱惑的な演技は映画界に衝撃を与え、彼女の本格的な女優デビューを決定づけました。
その後も彼女のキャリアは破竹の勢いで加速します。1954年には、マーク・ロブソン監督のハリウッド映画『トコリの橋』に出演し、名優ウィリアム・ホールデンやミッキー・ルーニーらと堂々と共演。日本国外の映画関係者からもその高い表現力を絶賛されました。国内でも森繁久彌主演の人気コメディ『駅前シリーズ』のレギュラーとして欠かせない存在となり、知性とユーモアを兼ね備えた唯一無二のポジションを確立したのです。