一方、自らの死刑を早めるリスクを冒してまで、なぜ後藤良次は警察やマスコミに「先生」の悪行を告白したのでしょうか。映画では純粋な復讐心や虚無感が強調されていましたが、取材資料や手記から浮かび上がるのは、「悪人同士の裏切りとプライドの崩壊」です。
後藤良次は、指定暴力団松葉会系の武闘派組長として恐れられた男でした。2000年に茨城県下妻市で起きた暴力団抗争に伴う拳銃乱射事件や、栃木県宇都宮市の宝石商殺人事件などの凶悪犯罪を主導し、すでに死刑判決を受けていました。
後藤と三上は、表と裏の両輪として莫大な裏金を稼ぎ出していました。しかし、後藤が別件で警察に逮捕され拘禁状態になると、三上は態度を豹変させます。後藤の減刑のために動くどころか、約束していた資金の差し入れを打ち切り、後藤の内縁の妻や関係者に対しても冷酷な態度を取るようになったのです。さらに、三上は後藤が服役している間に、本来山分けするはずだった数千万円に及ぶ犯罪収益を独り占めしていました。
獄中でその事実を知った後藤は、激しい屈辱と怨嗟に囚われます。後藤の手記や宮本記者との面会記録には、次のような生々しい心情が残されています。
「自分は人を殺して死刑になる覚悟はできている。だが、何食わぬ顔で娑婆で美味い飯を食い、先生面をして生き延びているあの男(三上)だけは絶対に許せない。自分の命と引き換えにしてでも、引きずり下ろしてやる」
後藤の告発は、司法取引のない日本において自らの余罪を増やし、死刑の確定を自ら手繰り寄せる行為でした。そこにあったのは「反省」や「更生」といった美談ではなく、裏社会に生きた凶漢が最後に放った「道連れの復讐劇」だったのです。