北海道札幌市のクラブで歌っていたところを作曲家の鈴木淳に見出され、1970年8月1日にシングル『愛のきずな』(作詞:加茂亮二、作曲:鈴木淳)で鮮烈なデビューを飾った安倍律子。当時21歳だった彼女の武器は、それまでの女性アイドル歌手や正統派演歌歌手とは一線を画す、アンニュイなハスキーボイスと憂いを帯びた大人の色香でした。
発売直後から有線放送を中心に火がつき、オリコンチャートで最高位2位を記録。公称売上は100万枚(オリコン集計でも50万枚超)を突破する社会現象となりました。同年の「第12回日本レコード大賞」では、にしきのあきら、野村真樹、辺見マリ、ソルティー・シュガーら強力なライバルがひしめくなか、見事に最優秀新人賞に次ぐ新人賞を受賞。一躍トップスターの仲間入りを果たしました。
当時の音楽雑誌のインタビューや回顧録において、本人は「右も左もわからないまま東京に連れてこられ、毎日が目まぐるしく過ぎ去っていった。ただ、マイクの前に立つときだけは孤独な大人の女性の心情になりきっていた」と語っています。その言葉通り、『愛のきずな』のヒットの要因は、当時急速に都市化が進む日本社会で孤立しがちだった若者や大人の心に、彼女の陰影に富んだ歌声が深く寄り添った点にあります。