日本語には「医者の不養生」と極めて近い意味を持つ慣用句が複数存在します。しかし、それぞれの言葉が生まれた職業文化や背景を細かく紐解くと、含まれるニュアンスには決定的な違いがあります。
もっとも混同されやすいのが「紺屋の白袴(こうやのしろばかま)」との違いです。紺屋(染物屋)は他人の着物を鮮やかに染め上げる仕事に追われるあまり、自分の袴を染める暇がなく、白いままの袴を穿いている様子を指します。つまり「他人の注文に追われて忙しすぎるため、自分のことにまで手が回らない」という同情的な文脈を含みます。一方で「医者の不養生」は、忙しさだけでなく「身体の仕組みを熟知しているはずなのに、自ら節制を怠っている」という、当人の認識と行動の矛盾に対する批判や皮肉のニュアンスが色濃く漂います。
そのほかの代表的な類語には、以下のようなものがあります。
- 坊主の不信心(ぼうずのふしんじん):他人に信仰や徳を説く僧侶自身が、心の中では教えを信じていなかったり生臭い生活を送っていたりすること。
- 大工の掘っ建て(だいくのほったて):他人の立派な家を建てる腕利きの職人が、自分の家は粗末な掘っ建て小屋に住んでいること。
- 易者身の上知らず(えきしゃみのうえしらず):他人の運勢や吉凶を占う占い師が、自分自身の災厄や未来を予測できずに失敗すること。
対する対義語としては、教えと自らの行動が一致していることを表す「言行一致(げんこういっち)」や、知識を活用して健康を維持する「医者の養生(いしゃのようじょう)」が挙げられます。
なお、英語圏でも同様の人間の矛盾を捉えた表現が存在します。代表的な英語表現としては“Doctors make the worst patients.”(医師は最も言うことを聞かない最悪の患者になる)という医療界の格言が有名です。また、職人の比喩としては“The shoemaker's children go barefoot.”(靴職人の子どもは裸足で歩いている)が、日本の「紺屋の白袴」や「医者の不養生」とほぼ同義のイディオムとして親しまれています。