Q1:愛新覚羅溥傑の妻・嵯峨浩とはどのような人物でしたか?
A1:日本の華族(侯爵・嵯峨実勝)の令嬢で、明治天皇の従兄弟筋にあたる女性です。1937年に関東軍の政略により溥傑と結婚しましたが、満州国崩壊後の過酷な逃避行を生き延び、16年の別離を経て溥傑と北京で再会しました。自伝『流転の王妃』はベストセラーとなり、ドラマ化や映画化もされています。
Q2:長女・慧生が亡くなった「天城山心中事件」の真相は何ですか?
A2:1957年12月、学習院大学の同級生・大久保武道氏とともに静岡県天城山で遺体となって発見された事件です。マスコミは「身分違いの悲恋による合意心中」と報じましたが、母・浩や親族は、学業と将来を重んじていた慧生が大久保氏に追い詰められた末の「無理心中(他殺)」であると主張しており、現在も議論が続いています。
Q3:溥傑の子孫は2026年現在どこで暮らしていますか?
A3:次女である福永嫮生(こせい)氏が日本へ定住し、一般家庭へ嫁ぎました。現在もその子どもたち(溥傑の孫や曾孫)が日本国内で生活しています。嫮生氏らは政治的な表舞台に出ることはなく、両親の遺志を受け継いで日中の文化交流や平和啓発の活動に静かに携わっています。