現場を体験した観客の手記やコミュニティにおける膨大な声を分析すると、機材解放席がもたらす「感情の乱高下」が克明に浮かび上がります。
大手掲示板やSNS上に寄せられた、あるアリーナツアー参加者の手記にはこう記されています。
「前日の夜21時に先着で勝ち取った当日引換券。発券したときは最後列の天井席を覚悟していた。しかし、会場の特設テントで手渡された発券シートには『アリーナAブロック3列』の文字。入場してみると、メインステージからせり出した花道の先端の真横。肉眼でメンバーの衣装の刺繍や額の汗まで見え、何度も目が合った。あのとき諦めずにチケットサイトをリロードし続けて本当に救われた」(アリーナツアー参加者の体験記より)
一方で、対極の現実を突きつけられたファンの証言も厳然として存在します。
「スタンド中段の機材席。目の前には巨大な鉄骨トラスがそびえ立ち、センターに立つボーカルの顔が完全にトラスの影に隠れて一度も見えなかった。モニターも半分が幕で覆われており、視覚情報はほぼゼロ。ただ、会場の音響だけは身体の芯まで突き刺さるほどクリアに聴こえたので、『生音を聴きに来た』と自分に言い聞かせて帰路についた」(ドーム公演参加者の投稿より)
このように、機材解放席とは「均一化された鑑賞体験」を放棄する代わりに、「極限の近さ」か「空間の共有のみ」という両極端な結果を受け入れる契約であると言えます。