身体の中で急速に進行する命の育み。その裏側では、プロゲステロン(黄体ホルモン)やエストロゲンといった女性ホルモンの分泌量が劇的に変動している。この急激な化学変化は、脳内の自律神経や感情をコントロールする神経伝達物質に直接作用する。その結果、普段なら気にも留めない些細な足音や咀嚼音、さらには夫特有の体臭に対して、脳が「異物」あるいは「脅威」として過剰に反応してしまうのだ。
嗅覚の過敏化も大きな要因だ。動物行動学的な観点から見れば、妊娠中の女性の身体は本能的に「自分と胎児の安全」を最優先するモードへと切り替わる。外部からの刺激を極力排除しようとする防衛本能が働くことで、最も身近にいるパートナーさえも物理的な距離を置く対象として認識される。決して愛情が冷めたわけでも、人間性を否定しているわけでもない。生物としての自己防衛システムが正常に作動している証拠なのだ。