鹿沼市クレーン車暴走事故の真相|加害者の現在と法を変えた遺族の15年

鹿沼市クレーン車暴走事故の真相|加害者の現在と法を変えた遺族の15年

鹿沼市クレーン車暴走事故の真相|加害者の現在と法を変えた遺族の15年の概要と注目ポイントを徹底的にカバーしました。

惨劇の現場となったのは、栃木県鹿沼市樅山町(もみやまちょう)の国道293号です。春の日差しが差し込む午前7時45分頃、市立北押原小学校へ向かって歩道を一列で歩いていた登校列に、突如として背後から大型ラフテレーンクレーン車(約12トン)が突っ込みました。

歩道と車道を分ける縁石を乗り越えたクレーン車は、減速することなく児童たちを次々となぎ倒し、民家のブロック塀を突き破ってようやく停止しました。この暴走によって、当時7歳から11歳だった児童6人(男児5人、女児1人)全員が尊い命を奪われました。現場にはちぎれたランドセルや黄色い帽子、散乱した教科書が残され、駆けつけた救急隊員や保護者が泣き叫ぶ地獄絵図が広がっていました。

現場検証の結果、路面にはブレーキを踏んだ痕跡(スキッドマーク)が一切残されていませんでした。現行犯逮捕された土木建設会社社員の柴田将人(当時26歳)は、警察の取り調べに対して「気付いたら民家の庭に入り込んでいた」「意識を失っていた」と供述しました。捜査が進むにつれ、この大惨事が単なる偶発的なハンドル操作ミスではなく、防ぐことができたはずの持病の放置によって引き起こされた事実が明らかになります。

柴田には、重度の意識障害を引き起こす持病「てんかん」がありました。過去にも運転中に発作を起こして人身事故や物損事故を繰り返していましたが、運転免許の更新時には持病を隠して虚偽の申告を行い、勤務先にも病名を伝えていませんでした。さらに事故当日、主治医から処方されていた毎日の服薬を自己判断で怠っていたことが、検察の取り調べや法廷証言で確定しました。

井上 凛
著者

井上 凛

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。