なぜ桜井和寿氏は、当時この絶望とも希望ともつかないタイトルを選んだのでしょうか。そこには、当時のインタビューや回顧録で語られている生々しい制作背景が存在します。
1994年夏、シングル『innocent world』がメガヒットを記録し、Mr.Childrenは一躍社会現象となりました。突如として手にした名声、巨額の富、周囲の目まぐるしい変化に対し、当時24歳だった桜井氏の精神は限界寸前まで摩耗していました。当時の特番インタビューにおいて桜井氏は、「自分の作った曲が一人歩きして、自分自身が空っぽになっていくような恐怖があった」と率直に告白しています。
制作当時、全国ツアーの滞在先だった名古屋のホテルに缶詰状態となっていた桜井氏は、深夜のテレビや朝刊のニュースに目を通しながらメロディを紡ぎ出し、夜の公園をジョギングしながら歌詞を練り上げたと伝えられています。その際に胸中を占めていたのは、「成功者としての歓喜」ではなく、「明日自分はどうなってしまうのか分からない」という底知れぬ恐怖心でした。
ミスチル歌詞解釈と考察まとめとしてファンや批評家の間で頻繁に言及されるのが、1番サビの「優しさだけじゃ生きられない 離れ離れの街を 繋ぐ列車に乗り」、そして「心の場所を見失いそうになる」という一節です。無邪気な少年時代(innocent world)を終え、大人の社会へと引きずり出された青年が抱く、アイデンティティの揺らぎが痛切なリアリティを持って響きます。