かつて自身の著作やメディアインタビューで「自分は一生結婚しない」「誰かと法的な婚姻関係を結ぶことなど想像もできない」と公言していたヤンヨンヒ監督。それほどまでに強固だった独身主義を覆した馴れ初めと結婚理由には、二人にしか通じ合えない劇的な心の交流がありました。
二人の接点が生まれたきっかけは、映画の取材現場でした。ヤン監督が手がけた劇映画『かぞくのくに』(2012年公開)の関連取材やトークイベントの場で、記者・ライターとして取材を担当したのが荒井氏だったとされています。映画の持つ重いテーマ性を正確に理解し、監督のパーソナリティの奥底にある表現への情熱を丁寧に汲み取る荒井氏の対話力に、監督自身も深く心を開いていきました。
交際が深まる中で、ヤン監督は自らの家族が抱える重厚な歴史を荒井氏に打ち明けます。大阪で朝鮮総連の専任活動家として生きた父、1970年代の「帰国事業」によって北朝鮮へ渡った3人の実兄たち、そしてピョンヤンへ救援物資を送り続けるために身を粉にして働いてきた母。一般的な日本人の感覚からすれば、あまりにも重く、躊躇してしまうような家族史です。
しかし、告白を受けた荒井氏の反応は、監督の予想を完全に裏切るものでした。荒井氏はたじろぐどころか、極めて自然体で次のように言葉を返したと伝えられています。
「あなたの家族の物語は、途方もなく魅力的で素晴らしい。僕はそれを知ることができて光栄だ」
政治的イデオロギーや国家の分断という重圧を背負い、幼少期から苦悩し続けてきたヤン監督にとって、その荷物を「面白い物語」として軽やかに、かつ敬意を持って受け止めてくれた荒井氏の存在は、まさに魂の救済でした。肩肘を張らず、ありのままの自分と家族を受け入れてくれたことこそが、50歳にして入籍を決断した最大の理由です。