大脳辺縁系とは、大脳の内側、大脳半球と脳幹(間脳)を取り囲むようにリング状(縁=limbus)に配置された神経構造群の総称です。系統発生学的に古い「古皮質」および「原皮質」を中心に構成されており、高等動物としてのヒトが獲得した大脳新皮質よりも遥か以前から、生命の生き残りを支えてきた中枢器官です。
この部位が感情や本能を司る理由は、生物としての生存確率を極限まで高めるための「迅速な警報システム」として進化してきた点にあります。捕食者の影を察知した瞬間に「恐怖」を感じて逃走する、獲物や食料を見つけたときに「快感」を覚えて摂取する、外敵の侵入に対して「怒り」を燃やして戦うといった反応は、論理的な思考を挟む猶予のない生存防衛行動です。大脳辺縁系は、知覚情報が理性的な思考回路へ到達するよりも前に、全身へ危機対応や報酬追求のシグナルを叩き込みます。
ここで極めて重要になるのが、大脳新皮質との違いです。新皮質は言語、論理演算、未来予測、自制心といった「人間らしい高度な思考」を担う、いわば精密なスーパーコンピューターです。一方の大脳辺縁系は、直感、情動、身体感覚に直結する生々しいエンジンと言えます。人間が「やめたいのに甘いものを食べてしまう」「怒ってはいけない場面で激昂してしまう」のは、新皮質の理性が辺縁系の強烈な本能・情動ドライブに押し切られる瞬間にほかなりません。