根絶から年月が経過したことで、天然痘の現場の恐ろしさは抽象的な数字の中に埋没しがちです。しかし、20世紀半ばまで世界各地で記録された医療従事者の手記や生存者の肉声は、想像を絶する壮絶さを今に伝えています。
WHOの根絶部隊を率いたドナルド・ヘンダーソン博士らの回顧録や当時の現地調査資料には、感染病棟の凄惨な様子が生々しく記されています。「患者の体中が隙間なく水疱と膿疱で埋め尽くされ、シーツに皮膚が癒着してしまうため、寝返りを打つだけで皮膚が剥がれ落ち、激痛のあまり絶叫が病棟を満たしていた」という記述は、この疾患の破壊力を物語っています。
また、日本国内で戦前・戦後初頭に天然痘を経験した高齢世代の手記には、「顔中に残ったあばた(痘痕)が原因で婚姻や就職において苛烈な差別に晒された」という社会的なスティグマ(烙印)の苦悩が克明に綴られています。失明の原因としても天然痘は長らく猛威を振るっており、単に生命を奪うだけでなく、生存者の尊厳や人生設計そのものを根底から破壊する病であったことが分かります。