Q1:幸徳秋水の本当の死因は何ですか?病気で亡くなったのではないのですか?
A1:病死ではありません。持病として重い肺結核や胃腸病を患っていましたが、直接の死因は1911年1月24日に東京監獄で執行された「絞首刑」による窒息死(死刑執行)です。
Q2:大逆事件の死刑執行はなぜそこまで急がれたのですか?
A2:国内外の批判と救援運動を封じ込めるためです。判決直後から欧米の知識人や国内の支援者が死刑反対の声を上げ始めており、政府と司法当局は世論が高まる前に既成事実を作る目的で、判決からわずか6日という異例の速さで刑を執行しました。
Q3:なぜ堺利彦は連座せず、秋水だけが処刑されたのですか?
A3:堺利彦は1908年の「赤旗事件」で逮捕され、事件当時は監獄に服役中だったため、物理的に暗殺計画に関与することが不可能だったからです。一方の秋水は保養地で自由な身位にあったため、首謀者に仕立て上げられてしまいました。
Q4:菅野スガと秋水は最期に言葉を交わすことができたのですか?
A4:直接の対面は許されませんでした。秋水は1月24日朝に処刑され、スガはその翌日25日に執行されました。スガは獄中日記『死出の道艸』に秋水への思慕と自らの信念を書き残し、取り乱すことなく従容として断頭台に立ちました。